グリーンケミストリー(環境にやさしい化学)から
作られた新合成成分
植物原料の合成成分(プロパンジオール、セテアリルアルコール、BG(1,3-ブチレングリコール)は安全か?
近頃、グリーンケミストリー((Green Chemistry、環境にやさしい化学)という言葉を聞くようになりました。グリーンケミストリーという考えの始まりは、アメリカの環境省(EPA)です。
1990年、アメリカで、環境汚染を防ぐことを目的とした「連邦汚染防止法(Pollution Prevention Act)」が制定されました。
グリーンケミストリーという考えは、こうした背景から出てきたもので、できるかぎり有害物質を使用・排出しないように物質を選択し、反応式を設計し、有用な化学製品を作ろうというものです。
グリーンケミストリーという考え方には、自然界で循環しない有害な化学物質を大量生産し、それによって、地球環境が深刻な影響を受けた現代の問題を踏まえており、21世紀の化学を推進していく上では、たいへん重要な提唱をしているものと言えましょう。
グリーンケミストリーという考えについては、ヨーロッパのオーガニックコスメの認証団体も支援しています。しかし気になることは、植物原料さえ使用していれば、それはグリーンケミストリーに沿うものだという安易な姿勢に陥る傾向です。
2012年あたりから、従来、石油原料で作られてきた合成の化粧品成分が、植物でも作られるようになり、それらが次々と、「認証対応原料」として登録されていっています。
具体的な事例をあげると、もともと石油から合成されていたプロパンジオール、セテアリルアルコール、BG(1,3-ブチレングリコール)などの化粧品成分などが植物からも合成されるようになっています。これらの植物由来の合成成分は、現在、有機認証団体「エコサート」及び「コスモス」の認証対応原料となり、オーガニックコスメ認証のさいに使うことができます。
留意されるべきは、セテアリルアルコールやプロパンジオールは、旧厚生省が指定した「102種類の表示指定成分」であり、アレルギー性があるという理由で、表示が義務づけられていた成分です。
これらの成分の構造式と性質は、植物原料から作られようとも石油原料から作られようとも、基本的には変わらず、出来上がったものの肌に対する有害性も差がないということです。
1998年には、オックスフォード大学のパウル・アナスタスとジョーン・ワーナーが、著書「グリーンケミストリーの理論と実践(Green Chemistry: Theory and Practice)」を出版し、その中でグリーンケミストリーの概念を12原則(Twelve Principles of Green Chemistry)にまとめています。
- Prevention:廃棄物はできる限り排出しない。
- Atom Economy:原料をなるべく無駄にしないかたちで合成方法を企画する。
- Less Hazardous Chemical Syntheses:人体と環境にできる限り害のない化学合成をする。
- Designing Safer Chemicals:毒性のなるべく少ない化学製品をつくる。
- Safer Solvents and Auxiliaries:有害な溶剤、補助剤はできる限り使用しない。
- Design for Energy Efficiency:化学工程のエネルギー使用量を最小にする。
- Use of Renewable Feedstocks:原料はできる限り再生可能資源とする。
- Reduce Derivatives:不要な誘導体化はできる限り避ける。
- Catalysis:触媒反応をできる限り採用する。
- Design for Degradation:環境中で無害物に分解しやすい製品にする。
- Real-time analysis for Pollution Prevention:危険物質の構成の前にリアルタイムで、製造過程のモニターとコントロールする。
- Inherently Safer Chemistry for Accident Prevention:化学事故の可能性を最小にする物質と構成にする。
この「グリーンケミストリーの12原則」と照らし合わせてみると、先に述べた植物由来の合成成分は、7番目の「原料はできる限り再生可能資源とする」という項目はたしかに満たしています。石油は、限りある資源であり、植物は再生可能な資源です。
しかし、3番目の、「人体と環境にできるかぎり害のない化学合成をする」と、4番目の「毒性のなるべく少ない化学製品を作る」の項目を満たしているとは、言い切れないものです。
化粧品の成分に使うものであれば、何より、「毒性がない」ということを優先すべき条件になります。
従来、新たな化粧品成分として認められるには、動物実験によりその有害性について厳しく検証することが必須条件でした。しかしEUで化粧品成分については動物実験禁止となり、動物実験をした化粧品製品は、輸入が認められなくなりました。日本では動物実験は、禁止といかないまでも必須条件ではなくなりました。
動物実験の禁止は評価すべきことですが、化粧品の新成分の安全性の確認方法が不確かになり、安全性を確認する厳しさがゆるやかになっているという現状があります。その結果、新成分を配合した化粧品を実際に使った消費者自身が安全性テストをしているといっても過言ではない現状があります。
さらに植物由来の合成成分が、10番目の「環境中で無害物に分解しやすい製品にする」という項目もクリアしているのかどうかも確認されていません。
つまり植物から作られた合成成分であっても、私たちの体内という小宇宙及び自然界において循環できないものになる可能性は否定できないのです。
厳しい視点からみると、グリーンケミストリーの名のもと、ただ原料を石油から植物に変えただけの化粧品合成成分が、人体への安全性と環境への配慮をなおざりにしたまま「使用可」とされてしまいかねない状況があります。
化粧品の安全性を求める消費者が持つべきことは、たとえ植物原料であっても、自然界にない、有害性のある合成成分を作ることができるという認識です。
「日本オーガニックコスメ協会」としては、従来は石油で作られていた「プロパンジオール」、「セテアリルアルコール」、「BG」などが、植物原料に変わったとしても、それらは、オーガニックコスメ認証基準では、「使用不可」にすべきだと考えています。そうする理由には、「疑わしきものは使用せず」という予防原則が含まれています。
自然界は、もともと完全とも言えるほどの循環システムを確立していました。それはあまりにも完璧だったので、長い間、ほとんどの人々はそうしたシステムがあることに気づかないほどでした。しかし近年になって急速に進んだ化学が様々な合成成分を作り出し、それらの成分は人工的な実験室という場を抜け出し、広々とした自然界全般に存在するようになりました。
気が付くと、それらの人工的な合成成分によって、じょじょに自然の循環システムがほころび始め、大気、水、大地に汚染が広がり、そして現在は深刻なまでの環境破壊となって現れています。
グリーンケミストリーは、何よりもまず、もともとあった自然の循環システムに敬意を払うことが求められます。それを傷つけることがないよう、様々な観点から総合的に検証してこそ、「21世紀にふさわしい化学」として、真の意味で有益なものとなっていくことでしょう。
(文・水上洋子)